このたび、映画批評家・大寺眞輔氏、および配給のboid社の呼びかけに応え、昨年逝去されたメナヘム・ゴーラン監督を記念するレトロスペクティブ映画祭を開催できる運びとなり光栄に存じます。

メナヘム・ゴーランおよびヨーラム・グローバスの両氏は、イスラエル映画界の草分けというべき人物であり、映画ファンや私自身にもイスラエル社会を描いた数々の映画を贈ってくれましたが、その作品のうちのいくつかは、お茶の間や映画館でもクラシック作品としてお馴染みの存在となっています。

従兄弟同士にあたるティベリア出身の両氏は、自身のアメリカンドリームを追求し、300本以上の映画を通じてその名をハリウッド映画制作界に刻み、彼らの独立映画会社を世界規模のリーディングカンパニーに変えました。採算の問題と高品質の映画製作の対立の狭間にあって、B級映画市場はこのジャンルの数多くのサポーターたちにたくさんの幸福な時間を提供しつつ、同時にゴダール、ポランスキー、アルトマンといった映画監督たちを世に出す機会を提供していったのです。

彼らの大成功と類稀な才能に対して、一丸となった批評家たちから誹謗と中傷をゴーランとグローバスは受けることとなりましたが、彼らの「キャノン・フィルムズ」社の映画が与えた文化的影響、および彼らが残した遺産は、今日まで明らかな形で感じられています。

皆様が、色彩様々なジャンルから構成されるこの映画祭をお愉しみ下さり、とりわけそれらが描く人間関係のモザイクを通じ、前世紀60年代、70年代のイスラエル社会をご一顧いただける機会となることを願っております。
ルツ・カハノフ 駐日イスラエル大使

 一枚の紙ナプキンがある。何の変哲もないレストランの紙ナプキンだ。表にふたりの署名が走り書きされている。ところがこれは、恐らく映画史上で最も有名なナプキンであり、実際この持ち主はMoMAから1万ドルのオファーがあったにも関わらず、それを売却しなかった。ナプキンに署名したのは、その持ち主であるメナヘム・ゴーランとジャン=リュック・ゴダール。1985年、カンヌでの出来事である。ふたりは会食を楽しんだその場で、100万ドルのギャラの見返りとしてゴダールが『リア王』を監督するという契約をそのナプキンに書き付けたのだ。ところが、後に自ら告白するように、ゴダールは『リア王』を読んだことがなく、またシェークスピアを映画化するとはそのナプキンに一切記していなかった。完成した『ゴダールのリア王』は、遅々として製作を進めないゴダールに対して電話越しに怒鳴りつけるゴーランのオフの声と共に始められている。そして、この作品の商業的失敗は、ゴーランと従弟ヨーラム・グローバスが築き上げたキャノン帝国の終焉を導くものともなった。

 メナヘム・ゴーラン、そして彼の映画会社キャノン・フィルムズの名前は、このように数々の神話的エピソードに彩られている。もともとイスラエルでも有名な舞台演出家であったゴーランは、映画監督を目指して家族とともに渡米する。映画界に何のツテもなかった彼は伝説的映画プロデューサー、ロジャー・コーマンに手紙を書き、運転手として採用される。あるとき、ゴーランの働きを認めたコーマンは彼の監督デビュー作をプロデュースしようと申し出る。しかし、もっと良い作品を撮れると宣言したコーマンの助監督にその資金を横取りされてしまうのだ。これがフランシス=フォード・コッポラであり、作品は彼のデビュー作『ディメンシャ13』となった。一方のゴーランもまた、故郷イスラエルに戻り、その企画を元に監督デビュー作『エルドラド』を完成させる。そして、プロデューサーとしてイスラエル史上最大のヒット作『グローイング・アップ』を成功させたゴーランは、再びハリウッドへと凱旋したのである。

 ゴーランとグローバスによるキャノン・フィルムズは、瞬く間に圧倒的な商業的成功を収めた。彼らは多くの批判と罵倒を受け、幾つかの賞賛も受けつつ、わずか10年ほどの短い活動期間と300本以上の作品を残してあっという間に映画界から消え去ってしまう。主に製作した映画は、チャック・ノリスやチャールズ・ブロンソン、シルヴェスター・スタローン、そしてゴーラン自身が見出したジャン=クロード・ヴァン・ダムら主演によるB級アクション映画、そしてニンジャものなどのエクスプロイテーション映画である。これらは内容の酷さや粗製濫造ぶりを批判されたが、キャノンに大いなる利益をもたらすことに成功した。また、どこからともなく映画製作資金を調達してしまうグローバスの狡知、そして一枚のポスターだけで未完成の映画を売りつけてしまうゴーランの豪腕ぶりも広く知られるところであった。そして、彼らはこうした作品で得た利益をもとに、ジョン・カサヴェテスやジャン=リュック・ゴダール、ロバート・アルトマン、バーベット・シュローダー、トビー・フーパー、アイヴァン・パッサー、ノーマン・メイラーといった映画界のレジェンドたちに潤沢な予算を与え、彼らの作品を製作したのである。キャノン・フィルムズの有名なロゴに続いて、『ニンジャ』や『スペース・バンパイア』『ラヴ・ストリームス』『バーフライ』といった作品群がジャンルや作家映画の垣根を越えて何食わぬ顔で同居する様は、まさに80年代そのものの風景だと言って良いかもしれない。

 トビー・フーパーはキャノン時代を回想して次のように述べている。「ゴーランとグローバスは本当に映画が大好きで、映画監督をとても大切にしてくれた。リスクを引き受けるショーマンシップが彼らにはあった。キャノン・フィルムズは、古き良き撮影所の空気をどこかで感じさせる最後の場所だったんだ」。